IDPCは、「国際開発を志す若者の為のプラットフォームとなる」ことを目指し、
国際協力を志す方に、必要な能力や視座を学ぶ機会を提供する学生団体です。http://idpc.weblike.jp/top/
idpc2009から一ヶ月が過ぎようとしています。
皆さんいかがお過ごしでしょうか。
わたくし、岩本は、懇親会のあの後大阪へ戻って、
一週間ほど大学の研究室へ通い、タンパク質を扱って、
その後10日間ヨーロッパへ飛び、帰国した半日後にはまた東京へ向かい、
時差ぼけのまま某国際保健学会の合宿に参加し、
合宿後にidpcの皆の顔を見て、帰阪したのは先日です。
やっと大阪に落ち着きました。
謎の多忙さでしたが、忙しさから解放されてほっとするのと同時に、
何だかため息の出る今日この頃です。
皆さんいかがお過ごしでしょうか。
わたくし、岩本は、懇親会のあの後大阪へ戻って、
一週間ほど大学の研究室へ通い、タンパク質を扱って、
その後10日間ヨーロッパへ飛び、帰国した半日後にはまた東京へ向かい、
時差ぼけのまま某国際保健学会の合宿に参加し、
合宿後にidpcの皆の顔を見て、帰阪したのは先日です。
やっと大阪に落ち着きました。
謎の多忙さでしたが、忙しさから解放されてほっとするのと同時に、
何だかため息の出る今日この頃です。
+ + + + + + + + + +
「あなたのかえられないものは何ですか、と尋ねられたら何と答える?」
と友人に問いかけられた私は、
「“かえる”って、チェンジ(変化)のこと?それともオルタナティブ(代替)のこと?」と問い返した。
「はは、確かに二通り考えられるね。
そう尋ねられて、一番初めに思い浮かぶものは何?」
なかなか答えられずにいる電話越しの私に彼女はまた笑って、
「ははは、あなたはいつも深く考えるね」と言った。
「私はそれを尋ねられて、“本質”と答えた。
そしたらあなたの本質は何ですかと聞き返された。
私は分かりません、としか言えませんでした」
電話を切ったあと、私は「本質」を調べた。そもそも本質て何やねん?
面白いことに定義はそれぞれ微妙に異なっていて、私の愛用の電子辞書には
本質・・・あるものをそのものとして成り立たせているそれ独自の性質。
とあったし、ネットで調べたところ「はてなキーワード」では
「あるものを成り立たせている、そのもの独自の性質。
外側に現れるものではなく、内側、もしくは奥底にある変化しない部分」だった。
なるほど、後者は本質を「変化しないもの」としている。
私の愛読書「生物と無生物のあいだ」(福岡伸一著/講談社現代新書)によると、人の身体は分子レベルでは動的平衡状態にあるという。
要するに私たちの身体は一見、何も変わりないように見えるだけであって、組織の中では常に変化しており、一年もすれば身体を構成する分子は全部まるっと入れ替わっているということ。
久々に会った人に「お変わりありませんね」などと言うが、分子レベルでは「お変わりありまくり」だということ。
これを証明したのはルドルフ・シェーンハイマーという20世紀を生きた人物で、私たちがこういった新しい生命観に出会ったのは割りと最近のことなんだそう。
無論、意識するか否かは個人の自由だが、だとすると私の「本質」とは何なのだろうと思った。
明日になれば、私の構成する一部は今のそれとは異なっているのに。
大阪に住む私のidpcへの関わり方は、関東にいる他のスタッフとは違ってほとんどリモートでの作業だった。
何度か模擬コンテストのために東京へ足を運んだが、一番多く会っているはずの代表(真鍋)にさえも4、5回しか会ったことがないままコンテスト当日を迎えた。
スタッフと顔を合わせる度に分子レベルでごっそり変わってしまっていたのだけど、久々の顔ぶれに違和感を感じることもなく、自然に受け入れてくれるidpcはとても居心地が良かった。
それぞれが各々の目的の上で「コンテストを成功させる」という目標を掲げ、遂行してきたその努力ははかり知れず、また皆の意識が「変わらないもの」だったからこそ実現したのかなと思う。
「本質」とは活動の中に見出せるものなのかも知れないと、大辞泉を閉じて思った。
あなたの「本質」って何ですか?
大阪に戻って来てから、何となく元気がなくなってしまいました。
遊びに誘われてもあまり乗り気になれず、心から楽しめない自分がいます。
もやもやを抱えながら眠りの浅い夜を過ごし、すっきりしない朝を迎える今日この頃です。
「用事もないのに電話をする」ということが「ニンジン食べる」くらい苦手なので素直に甘えられないのですが、既にidpcのスタッフたちにmiss you...な感じです、ハイ。
あと半月もすれば新学期が始まりますね。ハツラツとした顔で春を迎えたいものです。
もっちゃんこと岩本聡美
と友人に問いかけられた私は、
「“かえる”って、チェンジ(変化)のこと?それともオルタナティブ(代替)のこと?」と問い返した。
「はは、確かに二通り考えられるね。
そう尋ねられて、一番初めに思い浮かぶものは何?」
なかなか答えられずにいる電話越しの私に彼女はまた笑って、
「ははは、あなたはいつも深く考えるね」と言った。
「私はそれを尋ねられて、“本質”と答えた。
そしたらあなたの本質は何ですかと聞き返された。
私は分かりません、としか言えませんでした」
電話を切ったあと、私は「本質」を調べた。そもそも本質て何やねん?
面白いことに定義はそれぞれ微妙に異なっていて、私の愛用の電子辞書には
本質・・・あるものをそのものとして成り立たせているそれ独自の性質。
とあったし、ネットで調べたところ「はてなキーワード」では
「あるものを成り立たせている、そのもの独自の性質。
外側に現れるものではなく、内側、もしくは奥底にある変化しない部分」だった。
なるほど、後者は本質を「変化しないもの」としている。
私の愛読書「生物と無生物のあいだ」(福岡伸一著/講談社現代新書)によると、人の身体は分子レベルでは動的平衡状態にあるという。
要するに私たちの身体は一見、何も変わりないように見えるだけであって、組織の中では常に変化しており、一年もすれば身体を構成する分子は全部まるっと入れ替わっているということ。
久々に会った人に「お変わりありませんね」などと言うが、分子レベルでは「お変わりありまくり」だということ。
これを証明したのはルドルフ・シェーンハイマーという20世紀を生きた人物で、私たちがこういった新しい生命観に出会ったのは割りと最近のことなんだそう。
無論、意識するか否かは個人の自由だが、だとすると私の「本質」とは何なのだろうと思った。
明日になれば、私の構成する一部は今のそれとは異なっているのに。
大阪に住む私のidpcへの関わり方は、関東にいる他のスタッフとは違ってほとんどリモートでの作業だった。
何度か模擬コンテストのために東京へ足を運んだが、一番多く会っているはずの代表(真鍋)にさえも4、5回しか会ったことがないままコンテスト当日を迎えた。
スタッフと顔を合わせる度に分子レベルでごっそり変わってしまっていたのだけど、久々の顔ぶれに違和感を感じることもなく、自然に受け入れてくれるidpcはとても居心地が良かった。
それぞれが各々の目的の上で「コンテストを成功させる」という目標を掲げ、遂行してきたその努力ははかり知れず、また皆の意識が「変わらないもの」だったからこそ実現したのかなと思う。
「本質」とは活動の中に見出せるものなのかも知れないと、大辞泉を閉じて思った。
あなたの「本質」って何ですか?
大阪に戻って来てから、何となく元気がなくなってしまいました。
遊びに誘われてもあまり乗り気になれず、心から楽しめない自分がいます。
もやもやを抱えながら眠りの浅い夜を過ごし、すっきりしない朝を迎える今日この頃です。
「用事もないのに電話をする」ということが「ニンジン食べる」くらい苦手なので素直に甘えられないのですが、既にidpcのスタッフたちにmiss you...な感じです、ハイ。
あと半月もすれば新学期が始まりますね。ハツラツとした顔で春を迎えたいものです。
もっちゃんこと岩本聡美
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